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龍飛館-龍飛岬観光案内所

津軽半島の龍飛岬

これまでに数回訪れたことがあるのだけれど

高台にある灯台の方ばかりで

下の方にある漁港の方は行ったことがなく

だから

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目指してみました。

津軽のさきっちょ。

その「さきちょ」の少し手前には

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太宰治の文学碑や

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「道路竣成記念之碑」という石碑や

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「牧野逸蔵」という人物の胸像が建つ広場があります。

そして、広場の後ろ側に

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龍飛岬観光案内所「龍飛館」があります。

かつて「奥谷旅館」という旅館であった建物を利用した

観光案内所と

奥谷旅館をフィルターとした龍飛の資料館となっています。

ガラガラ~と扉を引いて中に入ると

最初に視界に飛び込むのは

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棟方志功の名前の入ったこちらの大きな看板です。

この看板はもともとは

下の写真にあるように外に飾られていましたが

なんたって「世界のムナカタ」の名前がありますからねぇ…

盗難にあったそうです。

それが、人手に渡っていくなかで

ふるさと龍飛に帰ってきたそうです。

そして、「龍飛館」の職員の方が出迎えてくれます。

旅館時代、ここには

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棟方志功をはじめ

津軽三味線の高橋竹山

作家の太宰治といった著名人が宿泊し

この3人を中心とした資料が館内に展示されています。

そう、棟方志功に関しては

青森市の「記念館」から資料を借りて展示してました。

訪れたとき、来館者がほかにいなかったからでしょうか

有難くも、館内を職員の方が案内をしてくれました。

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ここは、太宰治が宿泊した部屋だそうです。

そして、ふたつ隣の部屋の展示パネルの陰に

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「何時までも こうしてゐたい夏之初」と…

「これは…?」とボク。

職員の方もこの俳句の存在に気が付いていなかったようで

思わぬ「新発見(?)」だったのかもしれません。

さらに、館内には龍飛の歴史を語るゾーンもあり

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「あわび道路・十三の洞門」の話に驚きました。

なんでも、龍飛はアワビ漁が盛んで

相当の額のお金が組合にはあったそうです。

そこで、大正の頃だったかな(?)

アワビ漁で蓄えたお金を使って

海岸線の道路を開削をしたのだそうです。

それが

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現在もこうして遺っています(右手トンネル部分)

トンネルの掘削はダイナマイトも使ったそうですが

基本は手掘りだって。すごいですね。

こうしたトンネルを6年間で13本も掘ったそうです。

ちなみに、トンネルの左側の現在の道路は

青函トンネル工事で出た土砂を使って整備したのですって。

そう、この「龍飛館」の向かい側の広場にあった胸像…

牧野逸蔵さんは、この道路開削の指導者でした。

なるほどぉ〜、勉強になりました。

さて、一通り館内を案内いただいた頃

ちょうどお昼ご飯時となりました。

職員の方に「どこかいいトコ…」と尋ねると

いくつかご紹介いただきました。

そのなかから目指すは

やはり津軽のさきっちょ。

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そこにある、「津軽海峡亭」。

朝ごはんも食べていないので

もうお腹ペコペコです。

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